朝日新聞社説などに見られる、各社報道は「モラル・パニック」の域にあるといえます。
70年代に、コーエンという社会学者が言い出して、H. S. ベッカーなどの「ラベリング」論などとセットで公務員試験にも出るくらい有名な、社会学用語です。
モラル・パニックとは、その社会の構成員が、新しく起こった事象(移民、新技術の開発)に対して不安感を感じ、不安払拭のために、新しい事象の担い手である何かをシンボル化(folk devil)して、道徳的な非難(時に暴力的)を浴びせかけることで、「古き良き過去」を守ろうとする、マスヒステリー行動のことです。
典型的には、黒人バッシング(KKK団)や、大恐慌時代のメキシコ移民バッシング(そして、マリファナ課税法の成立)、あるいは同性愛者嫌悪です。そう、大麻規制は、その当初からモラル・パニックによって成立していました。
さて、公務員試験に受かったはずの、官僚諸君は、既に「モラル・パニック」という用語を忘れているのでしょうか、あるいは、用語を受験知識として覚えているだけで、使うことはできないのでしょうか。
ともかく、11月22日付けの朝日新聞、社説の内容に入ります。これは記名記事であり、文責は小林誠一、これまでも「大麻汚染」について書いてきた記者です。本文はこちらから見れます(http://www.cannabist.org/database/ourstatement/20081122protest.html)
はい。1行目から全部の行に突っ込みというか、曲解や、事実誤認が満載されていますが、全ての行に突っ込んでいると日が暮れてしまうので、ポイントを絞って批判します。
まずは、いきなり2枚目の1行目ですが、ここは結構重要なので、アンダーラインが必要です。
「なぜ、大麻汚染はこんなにも深刻になったのか―中略―検挙件数は過去最多になる見込みで、捜査関係者は「(冒頭略)時代にそぐわなくなった法律を改正する時期にきている」と話す」
その後、大学生のモラル批判や、覚せい剤と一緒くたにした、「大麻汚染」批判が展開されます。すごく…典型的なモラル・パニックの言説です。多分後年、社会学の教科書にモラルパニックのfor exampleとして掲載されます。ってか使いやすいので私が書くと思いますから、ネタをぱくらないように。
さて、「大麻汚染」という言説が広まったのは、明らかにマスメディアが「売れる」記事としてスクープしたからです。そして、逮捕者増加という事象が増加した理由は幾つかあります。
まず、大麻喫煙者がどの程度いるのか、という数字は通常「暗数」と呼ばれます。「暗数」は統計的に知ることができませんが、推測することは一応可能です。しかし、日本の薬物事犯逮捕者については、検挙者数は必ずしも暗数に比例しません。まずこれを言っておきます。
つまり、使用者の増加が、単純に逮捕者の増加をもたらすわけではない、という構造になっています。また、押収量の増加(警察が把握している流通量につながる)が、逮捕者の増加をもたらすわけでもありません。
むしろ、逮捕者数の増減に強く関係していると思われるのは、警察の対応や、逮捕に当たる人員の増加割合、犯罪が行われている方法です(暗数が全く関係していないわけではない)。そして、そのような警察の対応は、政治的、あるいはメディアに対する反応として現れます。
押収量や、暗数は逮捕者数には直結しませんし、それは安易な考えです。例えば大麻でいえば、押収量がここ数年で最も低かった、平成18年度は、最も多くの逮捕者を出しています。もちろん、押収量も、単に暗数に比例するのではなく、警察の対応や、輸入先の事情などによって規定されます。
つまり、「モラルの低下」や「汚染禍」(メルトダウンでも起こったのか?)によって、即逮捕者が増加する、とは全くいえない、ということです。仮にそれらの事象が起こっていたとしても、それは逮捕者増加の一要因として、つまり、仮説的な独立変数として扱われるにすぎません。
そして、警察の対応や、検挙に当たる人員の増加をもたらすものは、先日「桶川ストーカー事件」で書いたように、政治的理由、あるいはメディアによる過熱報道によるものです。
つまり、「大麻汚染」は実態のことではなく、メディアや、日本に住む人々が作り出した想像の統計です。そうした意味で大麻問題は「凶悪犯罪の増加」(実数は下がっている)という都市伝説と、ほぼ同じ平面にあります。
さて、次に社説が大麻バッシングの根拠にしている、「健康への被害」論を見ていきます。ここでは「ゲートウェイ」説が取り上げられており、同時に「幻視・幻聴」がみえるとする厚労省の見解が引用されています。
一見WHOがなんとか、とか書いているのですが、これは厚労省が外向けに言った「WHO報告書」の解釈であって、あくまで官僚の見解をそのまま引用しているだけです。実際、97年のWHO報告書(おそらくCannabis: a health perspective and research agendaだろうと思いますが、どれかは書かれていないので、断定は控えます)には、「幻視・幻聴」が見える、などとは書かれていないはずです。そうではなく、診断名としての「急性マリファナ中毒」(実際には、バッドに入って驚いて病院にいった人が、そう診断されている)が掲載されているだけだと思います。
仮にその報告書がCannabis: a health perspective and research agendaであるのであれば、このレポートにはアルコールなどと比較しても、大麻の有害性は軽微であることや、そもそも「ゲートウェイ」効果は必ずしも認められないことなどが示唆されています。というか、薬理効果としてのゲートウェイはほぼ否定的に書かれています。その一方で、神経系への影響(短期的な記憶への影響や、運動機能への影響、つまり酔い)などについてや、精神疾患のリスクについても書かれていますが、それらはアルコールが引き起こす疾患と比較しても、軽微なものだという書き方です。
特にゲートウェイについては、全く逆です。おそらく参照したであろう、WHO97年の原文はこうです。
The hypothesis does not imply that a high proportion of those who experiment with cannabis will go on to use heroin,(中略)Second, a more plausible explanation is that it reflects a combination of the selective recruitment into cannabis use of non-conforming and deviant adolescents who have a propensity to use illicit drugs, and the socialization of cannabis users within an illicit drug using subculture which increases the opportunity and encouragement to use other illicit drugs
中略部を含めて、スタッフの麦谷さんが翻訳したものを使わせてもらいます。
この仮説は、大麻を試す人の多くが、ヘロインを使うようになることを意味するものではない。大麻を使用する者の圧倒的大多数は他の違法な向精神物質を使用していない。第一に、大麻の使用は主に青年期から初期の成人期の者にみられる行動であること(伝統的に大麻を使用していない国においては)。第二のよりもっともらしい説明は、違法薬物を使用しがちな非順応的かつ異常な若者が選択的に大麻を使用しはじめることと、他の違法薬物の使用機会を増やし、その使用を助長するサブカルチャーの中に大麻使用者が組み入れられていくこととの組み合わせを反映した結果であるというものだ
つまり引用元で書かれていること、役人の言っていることは全く違います。小林誠一氏、原書を読んでください。マスメディアは、役人の見解をそのまま書くものではなく、自立した取材を足で稼ぐものです。役人の見解を隠れ蓑にしないで下さい。
また、ゲートウェイ説を「支持」しているかのように引用された、赤城高原ホスピタルの竹村院長は、記事に書かれているようなことだけを言ったのではなく「両論併記」したそうです。http://asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=917
さて、いわゆる「ゲートウェイ」説は、弱いドラッグの使用が、必然的によりハードなドラッグ使用をもたらす、とする仮説です。
結論だけをいえば、大麻の「ゲートウェイ」効果は、社会的な要因(アンダーグラウンドでの結びつきや、ドラッグ認識)によってもたらされるものであって、薬理効果によってもたらされるものではありません。
これだけで十分かと思うのですが、一応きっちり詰めていきます。「ゲートウェイ」が薬理効果によってもたらされるのであれば、大麻喫煙人口の割合が多くなれば、必然的に、ハードドラッグの使用率も増加していなければなりません。
ところが統計的には、オランダでも、イギリスでも、そして日本ですら、そうはなっていません。
社説冒頭でいわれた「大麻汚染」の「蔓延」が、もし仮に真であるならば、そして、「ゲートウェイ」説が真であるならば、覚せい剤事犯(日本で最も代表的なハードドラッグ)なども増加しているはずです(コカインは増えていて、ヘロインは減っていますが、これらは100人にも満たない事例なので当面除外します)。
ところが、平成15年度まで、2万人を超えていた覚せい剤事犯者の数は、16年度以降、常に2万人を下回っています(出典、警察白書20年度版、ちなみに19年度は、16929人です)。
一方で、大麻の蔓延をいいながら、もう一方でゲートウェイ説を支持して、大麻バッシングを正当化する。ところが、ハードドラッグの摘発者数はずっと減り続けていることには、全く言及していない、どうなんでしょう。
ところで、「大麻はアルコールよりも害が少ない」とする人もいる、と社説でほんの1行、書かれています。もちろん、その後「根拠」はなく、「個人の研究を都合よく組み合わせたものにすぎない」とする厚労省の役人発表をそのまま引用して、全否定します。
言うまでもなく、私や、カンナビストが依拠している、大麻の有害性に関する文献は、まず組織が出しているものです(細かい各論については、当然個人のものも合わせて参照します。そして、近年主に依拠しているのはACMD(英国政府の委託研究機関)や、EMCDDA(EUのドラッグ政策に提言を行う、公的な研究機関)や、IOM(全米科学アカデミー)やBeckley Foundationがこれまで出した、報告書の類です。
これらは、全て個人の研究ではなく、政府が委託する半ば公的な研究機関です。資料集めすらやっていないダメ絶対センターとかとは、研究水準でいえば比較になりません。ってか、そんな水準の研究?機関が、ダメゼッタイです。
先行研究へのレビュー、統計調査の精緻さ、論理構成など、どれをとっても厚労省やダメセンと、これらの研究機関の報告書では全く比べ物になりません。大学一回生の期末レポートと、その分野の第一人者が出した報告書くらい差があって(実際、その通りの差なのですが)、見れば一目瞭然です。
ダメ絶対センター:http://www.dapc.or.jp/data/taima/1.htm
Beckley Foundation:http://www.beckleyfoundation.org/pdf/BF_Cannabis_Commission_Report.pdf
ダメセンや、厚労省こそ、担当部局の役人が、個人で適当にひっぱってきた研究を組み合わせているのに過ぎないのであって、上に挙げた機関に対して、統計・薬学・医学の素人がゴタゴタいうな、というレベルだと思います。それでも、「都合の良い研究」を組み合わせただけに過ぎない、と確信をもっていうのであれば、英国やEUやカナダなどの政府委託機関が行っているドラッグの調査、研究は間違いだから、日本の厚労省がびしっと正してやる!ということなのでしょうか。
さて、ゲートウェイにつ
いても、無論上記の機関などが、多くの研究を出しています。例えばIOMが出した99年のレポート(1999, Marijuana and Medicine: Assessing the Science Base)では、薬理効果としてのゲートウェイは否定されていますし、08年のBeckleyのレポート(上記)では、厳罰化政策がむしろ、社会的な害悪を増加させてしまうと言及されています。
また、厚労省の見解にあった「ゲートウェイ」では、WHOのレポートが「引用」されているようですから(どこをどう見たのかは謎)、WHOの直近の統計発表を見てみましょう。
http://medicine.plosjournals.org/archive/1549-1676/5/7/pdf/10.1371_journal.pmed.0050141-L.pdf
アルコール、タバコ、大麻、コカインの使用経験についての面接調査です。はい。大麻の使用率とコカインの使用率は、相関すらしていません(まして因果関係など全くありません)。例えばオランダとスペインでは、オランダのほうが大麻使用率は高いですが、コカイン使用率は低い。それ以外にも同じようなゲートウェイ説に矛盾するものが多くあります。
そして、「個人の研究者」、とはいえ、ダメセンよりもずっと信頼性が高いと思われる、専門家の論文等では、極めて多数のものが、薬理的な意味でのゲートウェイ説を否定、ないしは、そもそも前提にすらしていません。学説史的には、既に大麻のゲートウェイ説はもう、とっくに否定されていると言って、差し支えないと思います。
問題は、薬理的効果ではなく、社会的効果としてのゲートウェイです。つまり、アンダーグラウンドで、同じバイヤーが大麻と覚せい剤/コカインを扱うことによって、消費者が両方を入手してしまう問題などです。あるいは、大麻と覚せい剤が同じ分野のモノとみなされている社会においては、大麻喫煙者の割合と、覚せい剤使用者の割合が相関するのは、ごく当たり前のことです。
もちろん、それは大麻の効果によって引き起こされた現象ではなく、あるドラッグに対する制裁(社会的・法的)や、市場の流通によって規定される、社会的なゲートウェイ効果です。そして、言うまでもなく、そのようなゲートウェイ効果は、1)大麻がハードドラッグと区別なく考えられており、2)したがって、両者に強いサンクションが加えられるために、アンダーグラウンドでの結びつきが強まる、3)あるいは、使用者が区別なく用いることで(例えば「悪ぶってみたい不良」が区別なく用いる)、より強化される、と考えられます。
つまり、厳罰化や、使用者への罰則強化は、大麻と覚せい剤の結びつきをより強固なものとし、社会的なゲートウェイを助長することで、社会不安をもたらすものです。
長くなりましたが、「大麻汚染」という言説は、メディアや、マジョリティの価値観がもたらしたものに過ぎません。それは、「モラル・パニック」現象といっていい状態にあり、これによって、法制が強化されたり、大麻使用者への摘発が強化されたりすれば、より「社会的なゲートウェイ」効果は強まり、覚せい剤などのハードドラッグ使用が増える恐れがあります。言うまでもなく、暴力団の資金源としても、より機能してしまいます。
また、逮捕者に対する不必要な制裁の強化は、逮捕者の再犯や、二次犯罪の増加をもたらしますし、何より重要なことは、学術的には不必要な(非合理な)制裁によって罰せられる事犯者が、かつてのソドミー法や、ハンセン病者隔離政策で、人権を蹂躙された人々と同じ状況におかれてしまうということです。
したがって、必要なのは、罰則の強化ではなく、情報の流通と、多様な情報に基づいた行われる開かれた議論です。本来その役目を担うのは、ジャーナリズムですが、日本のマスコミはジャーナリズム精神をとっくに(1955年くらいから)放棄しているので、期待できません。とはいえ、一部の心あるジャーナリストは、分かっているはずです。
分かっていながら、放置、黙認することは、イジメの間接的な加害者と同じ立ち位置にあることを認めるべきです。それは不作為という殻に安住した、作為的な暴力です。
偽装されたエビデンスを用いるものは、実際、それがもたらす暴力性についても偽装しています。「不作為」や「社内・省内の立場」という殻で自分を守りつつ、その足では逮捕者を踏みつけている。それは暴力です。
というわけで、抗議文(30日のサロンに草案をもっていく予定)を送ります。
カンナビスト@関西サロン:11月30日、19:00~ 梅田(中崎町)天人にてhttp://www.bvoh.jp/cannabist/?p=156
リンク追加しました(→のタグ):morleyさんの有名blogと、大麻取締法変革センターです。どちらもお奨め。
*追記:i-morleyさんのHPで、当blogの情報を援用してもらいました。thx。こういう情報はどんどん広めていく必要があると思います。
http://i-morley.com/blog/2008/11/who1997.html