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土曜日, 11 月 29th, 2008 | Author: Nao

『異常者たち』という講義を、かつてM. フーコーが行いました。フーコーは決して「反精神医学」の人ではなかったのですが、「精神医学」的な言説の中にひそむ、「力学」を観察しようとした一人ではありました。

さて、尾崎茂(国立精神・神経センター薬物依存研究部)という御用学者が、大麻はタバコより害が少ないというのは間違いだ、「常用者の3分の1から半数が依存に発展」するし、「ジョイント一本で急性精神障害」になるし「生殖機能低下や精子形成の異常」をきたすぞと、警告を発しています。

大抵こういう、ラディカルな主張をする人って「生殖機能低下」だの「月経異常」だの言うのはなんなのでしょうか。彼ら自身がフロイト的な意味での抑圧状態にあるのでしょうか

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081129-00000518-san-soci

こういう発言は見慣れたものですが、私はこの手の、医者、~博士という肩書きだけを、もったいぶってつけた役人の発言を見ると、かつての「同性愛者=異常者」であったと喧伝してきた、一部の、しかし主流派の「精神医学者」の言明を思い出さずにはいられません。(もちろん、心ある医師、研究者もいました、しかし多数のものは、同性愛を「矯正」しようとしていました)

周知の通り、80年代から、ドラッグ問題の分野では厚生省と精神医学界が手を結んで、薬物依存者の「矯正」を目指してきました。したがって、日本におけるドラッグ対策は、いかに精神医学的な意味での「矯正」を行うかということに焦点が絞られてきたのですが、ここでいう「矯正」とは、「一般化=順応」といっていいような、多くの問題を持つものだったと思います。

例えば、90年代初頭くらいまで、日本では同性愛が「異常者」とみなされ、精神医学による「矯正」の対象になってきました。欧米では、とっくにそうした考えが否定され、70年代に反駁されていたのにも関わらず、です。
http://www.medical-tribune.co.jp/ss/bn/bn13.htm

そして、1984年の『現代精神医学体系8』には「同性愛:性対象として同性を求める傾向で(中略)同性愛者が窃盗,詐欺,売春等に陥ることはしばしばみられるところであるが,同性愛関係のもつれや破綻から殺人などの重大犯罪に発展することも決して稀ではない」

などと書かれています。

この「同性愛」を、「大麻」に置き換えると、80年代の言説がそのまま保存されていることがわかります。

さて、「ジョイント一本」で「精神障害」になるわけがありませんし、「生殖能力」が失われるわけでもありません。EU諸国や、米国や、インドでは「精神障害者」が大量にいて、「精子」の失われた人々ばかりだと言いたいのでしょうか。

ダメ絶対センターにも、同様に「精子」や「テストステロン」が低下する、という記述があります。⇒「生殖能力に障害が生じ、遺伝子の異常や突然変異をもたらします。男性ではテストステロン(性ホルモン)を44%も低下させます。また、女性では生殖細胞に異常を生じます。」

こうした情報は、1974年のこの論文にあります。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/4816961

ダメセンに半分所属している、尾崎茂医師は、おそらく上記論文を参照した可能性があります。ところが、上記論文を書いたKolodnyは、二年後に発表した論文で、テストステロンの慢性的な影響を発見できなかったし、精液の量や質の違いを見出すことはできなかったと、自説を覆しています

ソース: 1976, Depression of Plasma Testosterone with Acute Marijuana Administration,” in Pharmacology of Marijuana.

そういえば、2006年のアメリカ生殖医学会で「カンナビノイドが精子を活性化させる」との報告↓がなされましたが、どうなんでしょうか。

http://www.newscientist.com/article/dn10362

米国では、60年代から反大麻キャンペーンを政府が行って、あることないことが言われました、尾崎はそういった文献の情報しかみていないように思います。

山本郁男という、同じく日本で政府系の反大麻キャンペーンを行ってきた、御用学者がいます。彼の図書『マリファナは怖い―乱用薬物』を買って、読みました。

私は愕然とした。

引用文献が、自分と自分の弟子のものしかなくても、「学者」でいられるんだ。

その本の巻末には、自説しか引用されていませんでした。自説を自説によって根拠付けるという同語反復。それは、昨日述べた、「世論」によって「世論」を確認するアンケートと同じ構造です。しかも、この本は80年代じゃなくて、2005年に出版されたものです。

そして、図書では、ジョイント1000本分以上のTHCを、ラットに注射したらラットが死んだので、マリファナは「危険」だ!と書かれていました。砂糖でもコーヒーでも死ぬよ。そんなことで、殺されるラットの身にもなって下さい

ハルヒ的閉鎖空間に篭って、自己完結的な「セカイ」に安住するのもいいでしょう。

しかし、そのセカイは、他者の居住地を破壊することによってしか、成立しえないのだとしたら?

御用学者にはNoを

同語反復のアンケートにもNoを

そして、大麻非犯罪化にはYesだということを、明日のサロンで話します。(結局宣伝かよ”(,, ゚×゚)”

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金曜日, 11 月 28th, 2008 | Author: Nao

産経新聞が「大麻汚染」についてのアンケートを実施しています。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081127/crm0811271154016-n1.htm

結論を言います。

これはアンケートでも、統計調査でもありません。

これは、自らの「言論」の根拠を「外部」に求めるための自己確認的な投票です。

 

マスメディアは、建前上は「客観・中立」を装います。したがって、自らの「言論」を発するためには、自説を正統化する根拠が必要になります。そして、それは近代社会の場合、「世論」という「外部」になります。

「世論」や「日本国民」がそれを求めているから、我々は「世論」を代弁するのだ。といった具合に。

 

私はたまたま社会調査系の講義を担当しているので、この「調査」のごく基本的な間違いについて指摘します。

そもそも、統計調査はまず、母集団に偏りがあってはなりません(ランダム・サンプリングでなければならない)。したがって、基本的には、住民基本台帳からランダムに抜き出した対象や、あるいは全数調査(ある大学の全ての学生に調査を実施)を行うことになります。それでなければ、例えば「選挙でどこに投票したいか」を聞いた場合、それを男女比、年齢等に偏りが著しくある場所や、当然のことながら、何らかの党本部の前で行ってはなりません(笑)

そうではなく、例えば出口調査(投票に行った全ての人の中からランダムに選定)や、電話帳を基にしてランダムに電話を書ける手法でなければ、結果にバイアスがかかります。

しかし、この産経の調査はまず、「大麻汚染」を表題に掲げることで、「大麻汚染に興味を持っている層」にのみアンケートを実施しています。これでは調査の意味がありません。

また、次に質問項目に意図的な操作があります。

(1)「大麻汚染が一般社会にも浸透してしまったと思いますか」

(2)「薬物の危険性についての教育を強化すべきですか」

(3)「現在は合法である大麻の種の売買を規制すべきですか」

この三つが質問項目ですが、しかし、この質問の置き方では、先におかれた質問への答えによって、次の質問の答えに必然的に影響を与えていく心理的操作が行われています。

「一般社会にも汚染が浸透してしまった」にyesと書いたのであれば、後段の規制の強化には当然yesと答えるように、回答者に心理的圧力をかける構造になっています。

これを「キャリー・オーバー効果」といいますが、これは典型的な初歩ミス、あるいは、意図的な結果を出したい場合に使う調査の「禁じ手」です。

さらに、表題には「大麻汚染」という言葉が使われ、その後に「慶応や早稲田など有名私大の学生や高校生らが大麻の売買や所持などで相次いで逮捕されました。インターネットを通じて種を入手し栽培するなどの手法が広がり、社会問題となっています。」という一文が添付されています。

言うまでもなく、これも意図的に解答を操作する文面です。社会調査の教科書には、これは絶対やっちゃだめなことだよ~と、どのテキストにも書いているはずです。

 

まあ、担当者もこれを統計調査としてやっているわけではなく、明らかに意図を伴って、つまり自社の議論を正統化するために、「世論」を誘導しよう、あるいは「世論」の「賛成」を示そうという目的をもって、これを作っていると思います。

「自社」がそういう意見をいいたいわけではなく、「世論」というマジョリティが、こういう議論を望んでいるのだ、だから我々はそれを代弁するのだ、というわけです。

ここでは、マスメディアは「世論」の結節点として機能しています(世論を一方的に誘導するのでもない)。

これと同じ構造は、H.アレントという人が、『全体主義の起源』という本で考察しています。つまり、「世論」としての結節点をもたない「モッブ(大衆)」層が、いかにして「多数者」を構成していくのか、そして、民主的な外観を保ったまま、「自由な」投票によってヒトラーが誕生したのはいかにしてか、を問うものです。

もちろん、産経新聞のアンケートは、別にファシズムであるわけではありません。それほど凄まじいエネルギーを持つものではなく、ある社会問題(今回は大麻汚染)に対して、全体の空気を定めていこう、とする緩やかなモラルのポピュリズムです(これはアメリカでも、イギリスでもある程度観察できる現象ですが、日本ではより頻繁に起こるように思います)。

民主的な投票による独裁の正当性を述べた、カール・シュミットという法学者がいます。彼は、ある集団の基本にあるものは「敵」と「友」の分割であると述べます。すなわち、ある集団の外に位置する「敵」によって、誰が「友」であるのかが決定するのであり、それを決定するものが「国家」だと言うわけです。

シュミットは1930年代に活躍した法学者ですが、当時はその「敵」と「友」の線引きは、「国家単位」で、国家の外部に向けて引かれていました。すなわち、ドイツに対するロシア・フランス、あるいはユダヤ人といったようにです。

ところが、90年代からは、グローバル化が国際関係の基本情勢になり、事情は変わってきます。「敵・友」は必ずしも国家の外部に引かれる必要はなく(イラクなどに引かれることもあります)、むしろ、国の内部に引かれることが多くなる、と指摘されるようになりました。例えばZ.バウマンやA.ネグリなどが主張するように。

すなわち、ある国家内部において、その単位を内破させようとする「不法移民」や「犯罪者」や「ニート」が、国家を「危機」に陥れているのだと言われ、それらの「危機」に対応することが、「友」に求められます。日本で、こういった戦略を上手く使って支持を集めた政治家は石原慎太郎でした。

こうした、90年代以降の「敵・友」分割は、かつてのように、ジェノサイドをもたらしたり、敵に対する直接的な暴力(銃弾)を伴って現れないという点において、よりマイルドです。つまり、銃弾ではなく、手錠によって、あるいはバッシングによって「敵」は屠られます。しかし、マイルドであることは、こうした戦略の弱化を意味しません。むしろ、直接的な暴力とは異なり、批判対象になりにくく、根強い力を持ちます。

したがって、この種のアンケートは、これ↓と同じ形式で、よりマイルドな外観をもったものに過ぎません。

「ミャンマー新憲法案、軍政『賛成92,4%』」http://www.afpbb.com/article/politics/2391416/2929514

「世論」という空気を維持すること、すなわち「世論」が自らの手で「世論」を確認していくという、自己言及的なこうしたシステムに対して、私はそれを詐術だと呼びます。そうしたシステムは、民主主義の外見を整えていますが、決して民主的ではありません。むしろ、もっとも民主主義からは縁遠いところにあります。

ところで、この手のシステムは、予め「圧倒的賛成多数」になることを、お約束にしています。それは、「実情」のことではありません。外観としての「圧倒的多数」を維持することが重要なのです。

これが、「賛成6割、反対4割」とかになると、自己言及的な構造は、とっても困惑します。場合によっては、統計値を直接改ざんするか、あるいはすっごく小さな紙面で、「大麻汚染、6割が規制強化に賛成の声」というように掲載されます(笑)。

それはそれで面白いですね。

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木曜日, 11 月 27th, 2008 | Author: Nao

内外タイムスに「大麻集中摘発のウラ事情」が掲載されています

http://npn.co.jp/article/detail/31285516/

まあ、スポーツ新聞の記事でしょ、と言われればそれまでなんですが、ぶっちゃけスポーツ新聞の記者のほうが、大手新聞社の記者より良心的な取材をしている場合が多いという、ジャーナリズムにとっては悲しい状況があります。

私も陰謀論は嫌いですから、この情報の正誤はともかくとして、これに近しいことは、あるんじゃないかなと思います。

というわけで、ちょっと以前mixiでやった議論から、自分の書いたものを引用↓します。

以下引用

マスコミ―警察―政府のつながりは、直接的なもの(陰謀論的に打ち合わせしてというような)、だとは全く言えませんが、結果的には共犯関係にあるように見えます。

要するに、「スタンドプレイの結果生じる、チームプレイ」(by 荒巻課長)が起こっていると見るべきかなと。

まず、犯罪の「凶悪化」という言説を利用したのは、明らかに小泉と安倍政権です。
これは英国のブラウンがやったのと同じで、社会の「危機」を煽り、それに対して断固決然たる姿勢を見せることで、支持率を確保しようとする、保守系政党ではよく見られる政策でした(ブッシュも同様だったと言えます)。

その結果、2004年前後に、内閣府主導で「犯罪対策閣僚会議」や「都市再生プロジェクト」が立ち上がることになります。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hanzai/index.html

こういう政策ではお決まりですが、犯罪を増加させている要因として名指しされたのは、まず「外国人」(石原の言葉でいえば「第三国人」)です。
とはいえ、外国人による犯罪は、全ての犯罪の中の数%にも満たなかったですし、全体の犯罪被害件数も、周知の通り、下がり続けています。

そして、こうした内閣府による資金は、各地方自治体に対して、競争的資金としてばらまかれることになりました。(安全・安心なまちづくりモデル都市など)
しかも、同時期に地方交付税を削ることで、地方都市はこうした制度に向かわざるを得なくなります。
つまり、いわゆる「構造改革」は決して全体の資金を緊縮したのではなくて、ある部分を緊縮し、別の部分へ流入させることで、新しい政策構想を実現させやすくするものであった、と私は思います。

結果として、政令指定都市はこぞって「犯罪対策」を打ち出し、「生活安全条例」の制定や、「防犯パトロール」に対する資金の提供を行ってきました。

(左写真:某政令指定都市で、新たに予算が組まれた「特別警察」とパトロールする議員)

同時に、警察に対する資金も増額が要請され(警察はもちろん、地方自治体とは別の指揮系統ですが)、人員は少しずつ増えていきます。

つまり、小泉―安倍政権と、地方自治体による「生活安全条例」や「防犯パトロール」、そして警察は非常に直接的な繋がりがあります。

そして、それらの末端に属する「中間集団」としての町内会は、言うまでもなく大多数が自民党の支持基盤になっていました。

その結果、町内会に対して「防犯強化」を呼びかけることによって、町内会は高齢化し、人員が離れつつあった自らの団体を立て直すことができましたし、
地方自治体も、町内会と円滑な連携をとる大義名分を得るとともに、「犯罪対策」をやっているよ、というポーズを内外に示すことができました。

こうした情勢に、一役も二役もかったのが、大手メディアであったことは言うまでもありません。

「凶悪犯罪」言説はそもそも、メディアによって煽られた側面が非常に強いですし、こうした傾向は、おそらくオウム事件以降、顕著に見られます。
(典型的には、池田小学校事件や、桶川ストーカー事件などです)

犯罪者を社会の「敵」として親までバッシングする一方で、実際に統計的な意味での犯罪被害件数が下がっていることは、全く報道されませんでした。

ただし、これは内閣府が指示したものというよりは、視聴率を取れる番組を追求した結果、たまたま「犯罪」がそうであった、ということだと思います。

つまり、客観的な報道や、一般に言われていることを批判的に見る、という本来あるべきジャーナリズムは全く機能せず、ウケのいいことは何かだけを追求することで、「事実」よりも「信じられていること」が優先される報道になってしまいました。
そういう意味では、「納豆ダイエット」も、「凶悪犯罪の増加」も、同じベクトルの異なる座標にあるに過ぎない、とも言えます。

そして、現在「大麻汚染」が取沙汰されるのは、こうした流れの中で、ある意味必然的に廻ってきたシンボルの交代だろうと思います。

マスメディアは、ずっと同じシンボルを掲げることはしません。それでは数字が取れないからです。
なので、必ず半年程度の周期で話題を転換する、それがたまたま、現在は「大麻」というシンボルになっているのだと思います。(その前は「偽装」でしたよね)
したがって、今の大麻フィーバーは目だった事件さえ無ければ、あと半年以内に収まるものと予想できます。

さて、こうした「視聴率」至上主義は、実は現在の政府が行っている「支持率」至上主義と近い活動方針です。
なので、政府と大手メディアは利害が一致しており、たまたまそのとき「ウケる」シンボルに向かって、同じように行動が行われます。

「凶悪犯罪」言説は、そろそろ賞味期限切れですし、犯罪学者は数年前から大反発して、「犯罪は凶悪化していない」キャンペーンを張ってきたので、そろそろ政府もメディアも潮時だろうと考えているように見えます。

こうしたことを考えると、政府―地方自治体と警察は、直接的な繋がりがありますが、メディアは間接的な共犯者、あるいは機能的な近似性をもっていると言えます。

以上

上記記事はKさんが紹介してくれたものです。Kさんのコメントが的を得ているので、若干引用させてもらいます。

「薄々は分かっていたようなことではありますが、こうもあからさまだと腹が立ちますね。要は、役人の就職先と利権のために、大罪を犯したわけでも無い人を逮捕し人生を破壊しているのと同じですからね。それも若い人たちばかりを」

同感。

追記:大麻ニュース「大麻吸引「楽しかった」…同志社大生5人を書類送検」http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20081126-OYO1T00224.htm?from=main2

若者のちょっとした楽しみを奪うな。

同志社は結構近所なので、ビラ配布とかいくのも面白そう。

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木曜日, 11 月 27th, 2008 | Author: Nao

 朝日新聞社説などに見られる、各社報道は「モラル・パニック」の域にあるといえます。

 70年代に、コーエンという社会学者が言い出して、H. S. ベッカーなどの「ラベリング」論などとセットで公務員試験にも出るくらい有名な、社会学用語です。

 モラル・パニックとは、その社会の構成員が、新しく起こった事象(移民、新技術の開発)に対して不安感を感じ、不安払拭のために、新しい事象の担い手である何かをシンボル化(folk devil)して、道徳的な非難(時に暴力的)を浴びせかけることで、「古き良き過去」を守ろうとする、マスヒステリー行動のことです。

 典型的には、黒人バッシング(KKK団)や、大恐慌時代のメキシコ移民バッシング(そして、マリファナ課税法の成立)、あるいは同性愛者嫌悪です。そう、大麻規制は、その当初からモラル・パニックによって成立していました

 さて、公務員試験に受かったはずの、官僚諸君は、既に「モラル・パニック」という用語を忘れているのでしょうか、あるいは、用語を受験知識として覚えているだけで、使うことはできないのでしょうか。

 ともかく、11月22日付けの朝日新聞、社説の内容に入ります。これは記名記事であり、文責は小林誠一、これまでも「大麻汚染」について書いてきた記者です。本文はこちらから見れます(http://www.cannabist.org/database/ourstatement/20081122protest.html

はい。1行目から全部の行に突っ込みというか、曲解や、事実誤認が満載されていますが、全ての行に突っ込んでいると日が暮れてしまうので、ポイントを絞って批判します。

 まずは、いきなり2枚目の1行目ですが、ここは結構重要なので、アンダーラインが必要です。

 「なぜ、大麻汚染はこんなにも深刻になったのか―中略―検挙件数は過去最多になる見込みで、捜査関係者は「(冒頭略)時代にそぐわなくなった法律を改正する時期にきている」と話す」

 その後、大学生のモラル批判や、覚せい剤と一緒くたにした、「大麻汚染」批判が展開されます。すごく…典型的なモラル・パニックの言説です。多分後年、社会学の教科書にモラルパニックのfor exampleとして掲載されます。ってか使いやすいので私が書くと思いますから、ネタをぱくらないように。

 さて、「大麻汚染」という言説が広まったのは、明らかにマスメディアが「売れる」記事としてスクープしたからです。そして、逮捕者増加という事象が増加した理由は幾つかあります。

 まず、大麻喫煙者がどの程度いるのか、という数字は通常「暗数」と呼ばれます。「暗数」は統計的に知ることができませんが、推測することは一応可能です。しかし、日本の薬物事犯逮捕者については、検挙者数は必ずしも暗数に比例しません。まずこれを言っておきます。

 つまり、使用者の増加が、単純に逮捕者の増加をもたらすわけではない、という構造になっています。また、押収量の増加(警察が把握している流通量につながる)が、逮捕者の増加をもたらすわけでもありません。

 むしろ、逮捕者数の増減に強く関係していると思われるのは、警察の対応や、逮捕に当たる人員の増加割合、犯罪が行われている方法です(暗数が全く関係していないわけではない)。そして、そのような警察の対応は、政治的、あるいはメディアに対する反応として現れます。

 押収量や、暗数は逮捕者数には直結しませんし、それは安易な考えです。例えば大麻でいえば、押収量がここ数年で最も低かった、平成18年度は、最も多くの逮捕者を出しています。もちろん、押収量も、単に暗数に比例するのではなく、警察の対応や、輸入先の事情などによって規定されます。

 つまり、「モラルの低下」や「汚染禍」(メルトダウンでも起こったのか?)によって、即逮捕者が増加する、とは全くいえない、ということです。仮にそれらの事象が起こっていたとしても、それは逮捕者増加の一要因として、つまり、仮説的な独立変数として扱われるにすぎません。

 そして、警察の対応や、検挙に当たる人員の増加をもたらすものは、先日「桶川ストーカー事件」で書いたように、政治的理由、あるいはメディアによる過熱報道によるものです。

 つまり、「大麻汚染」は実態のことではなく、メディアや、日本に住む人々が作り出した想像の統計です。そうした意味で大麻問題は「凶悪犯罪の増加」(実数は下がっている)という都市伝説と、ほぼ同じ平面にあります。

 さて、次に社説が大麻バッシングの根拠にしている、「健康への被害」論を見ていきます。ここでは「ゲートウェイ」説が取り上げられており、同時に「幻視・幻聴」がみえるとする厚労省の見解が引用されています。

 一見WHOがなんとか、とか書いているのですが、これは厚労省が外向けに言った「WHO報告書」の解釈であって、あくまで官僚の見解をそのまま引用しているだけです。実際、97年のWHO報告書(おそらくCannabis: a health perspective and research agendaだろうと思いますが、どれかは書かれていないので、断定は控えます)には、「幻視・幻聴」が見える、などとは書かれていないはずです。そうではなく、診断名としての「急性マリファナ中毒」(実際には、バッドに入って驚いて病院にいった人が、そう診断されている)が掲載されているだけだと思います。

 仮にその報告書がCannabis: a health perspective and research agendaであるのであれば、このレポートにはアルコールなどと比較しても、大麻の有害性は軽微であることや、そもそも「ゲートウェイ」効果は必ずしも認められないことなどが示唆されています。というか、薬理効果としてのゲートウェイはほぼ否定的に書かれています。その一方で、神経系への影響(短期的な記憶への影響や、運動機能への影響、つまり酔い)などについてや、精神疾患のリスクについても書かれていますが、それらはアルコールが引き起こす疾患と比較しても、軽微なものだという書き方です。

 特にゲートウェイについては、全く逆です。おそらく参照したであろう、WHO97年の原文はこうです。

The hypothesis does not imply that a high proportion of those who experiment with cannabis will go on to use heroin,(中略)Second, a more plausible explanation is that it reflects a combination of the selective recruitment into cannabis use of non-conforming and deviant adolescents who have a propensity to use illicit drugs, and the socialization of cannabis users within an illicit drug using subculture which increases the opportunity and encouragement to use other illicit drugs

 中略部を含めて、スタッフの麦谷さんが翻訳したものを使わせてもらいます。

この仮説は、大麻を試す人の多くが、ヘロインを使うようになることを意味するものではない。大麻を使用する者の圧倒的大多数は他の違法な向精神物質を使用していない。第一に、大麻の使用は主に青年期から初期の成人期の者にみられる行動であること(伝統的に大麻を使用していない国においては)。第二のよりもっともらしい説明は、違法薬物を使用しがちな非順応的かつ異常な若者が選択的に大麻を使用しはじめることと、他の違法薬物の使用機会を増やし、その使用を助長するサブカルチャーの中に大麻使用者が組み入れられていくこととの組み合わせを反映した結果であるというものだ

 つまり引用元で書かれていること、役人の言っていることは全く違います。小林誠一氏、原書を読んでください。マスメディアは、役人の見解をそのまま書くものではなく、自立した取材を足で稼ぐものです。役人の見解を隠れ蓑にしないで下さい。

  また、ゲートウェイ説を「支持」しているかのように引用された、赤城高原ホスピタルの竹村院長は、記事に書かれているようなことだけを言ったのではなく「両論併記」したそうです。http://asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=917

 さて、いわゆる「ゲートウェイ」説は、弱いドラッグの使用が、必然的によりハードなドラッグ使用をもたらす、とする仮説です。

 結論だけをいえば、大麻の「ゲートウェイ」効果は、社会的な要因(アンダーグラウンドでの結びつきや、ドラッグ認識)によってもたらされるものであって、薬理効果によってもたらされるものではありません。

 これだけで十分かと思うのですが、一応きっちり詰めていきます。「ゲートウェイ」が薬理効果によってもたらされるのであれば、大麻喫煙人口の割合が多くなれば、必然的に、ハードドラッグの使用率も増加していなければなりません。

 ところが統計的には、オランダでも、イギリスでも、そして日本ですら、そうはなっていません。

 社説冒頭でいわれた「大麻汚染」の「蔓延」が、もし仮に真であるならば、そして、「ゲートウェイ」説が真であるならば、覚せい剤事犯(日本で最も代表的なハードドラッグ)なども増加しているはずです(コカインは増えていて、ヘロインは減っていますが、これらは100人にも満たない事例なので当面除外します)。

 ところが、平成15年度まで、2万人を超えていた覚せい剤事犯者の数は、16年度以降、常に2万人を下回っています(出典、警察白書20年度版、ちなみに19年度は、16929人です)。

 一方で、大麻の蔓延をいいながら、もう一方でゲートウェイ説を支持して、大麻バッシングを正当化する。ところが、ハードドラッグの摘発者数はずっと減り続けていることには、全く言及していない、どうなんでしょう。

 ところで、「大麻はアルコールよりも害が少ない」とする人もいる、と社説でほんの1行、書かれています。もちろん、その後「根拠」はなく、「個人の研究を都合よく組み合わせたものにすぎない」とする厚労省の役人発表をそのまま引用して、全否定します。

 言うまでもなく、私や、カンナビストが依拠している、大麻の有害性に関する文献は、まず組織が出しているものです(細かい各論については、当然個人のものも合わせて参照します。そして、近年主に依拠しているのはACMD(英国政府の委託研究機関)や、EMCDDA(EUのドラッグ政策に提言を行う、公的な研究機関)や、IOM(全米科学アカデミー)やBeckley Foundationがこれまで出した、報告書の類です。

 これらは、全て個人の研究ではなく、政府が委託する半ば公的な研究機関です。資料集めすらやっていないダメ絶対センターとかとは、研究水準でいえば比較になりません。ってか、そんな水準の研究?機関が、ダメゼッタイです。

 先行研究へのレビュー、統計調査の精緻さ、論理構成など、どれをとっても厚労省やダメセンと、これらの研究機関の報告書では全く比べ物になりません。大学一回生の期末レポートと、その分野の第一人者が出した報告書くらい差があって(実際、その通りの差なのですが)、見れば一目瞭然です。

 ダメ絶対センター:http://www.dapc.or.jp/data/taima/1.htm

 Beckley Foundation:http://www.beckleyfoundation.org/pdf/BF_Cannabis_Commission_Report.pdf

 ダメセンや、厚労省こそ、担当部局の役人が、個人で適当にひっぱってきた研究を組み合わせているのに過ぎないのであって、上に挙げた機関に対して、統計・薬学・医学の素人がゴタゴタいうな、というレベルだと思います。それでも、「都合の良い研究」を組み合わせただけに過ぎない、と確信をもっていうのであれば、英国やEUやカナダなどの政府委託機関が行っているドラッグの調査、研究は間違いだから、日本の厚労省がびしっと正してやる!ということなのでしょうか。

 さて、ゲートウェイについても、無論上記の機関などが、多くの研究を出しています。例えばIOMが出した99年のレポート(1999, Marijuana and Medicine: Assessing the Science Base)では、薬理効果としてのゲートウェイは否定されていますし、08年のBeckleyのレポート(上記)では、厳罰化政策がむしろ、社会的な害悪を増加させてしまうと言及されています。

 また、厚労省の見解にあった「ゲートウェイ」では、WHOのレポートが「引用」されているようですから(どこをどう見たのかは謎)、WHOの直近の統計発表を見てみましょう。

 http://medicine.plosjournals.org/archive/1549-1676/5/7/pdf/10.1371_journal.pmed.0050141-L.pdf

 アルコール、タバコ、大麻、コカインの使用経験についての面接調査です。はい。大麻の使用率とコカインの使用率は、相関すらしていません(まして因果関係など全くありません)。例えばオランダとスペインでは、オランダのほうが大麻使用率は高いですが、コカイン使用率は低い。それ以外にも同じようなゲートウェイ説に矛盾するものが多くあります。

 そして、「個人の研究者」、とはいえ、ダメセンよりもずっと信頼性が高いと思われる、専門家の論文等では、極めて多数のものが、薬理的な意味でのゲートウェイ説を否定、ないしは、そもそも前提にすらしていません。学説史的には、既に大麻のゲートウェイ説はもう、とっくに否定されていると言って、差し支えないと思います。

 問題は、薬理的効果ではなく、社会的効果としてのゲートウェイです。つまり、アンダーグラウンドで、同じバイヤーが大麻と覚せい剤/コカインを扱うことによって、消費者が両方を入手してしまう問題などです。あるいは、大麻と覚せい剤が同じ分野のモノとみなされている社会においては、大麻喫煙者の割合と、覚せい剤使用者の割合が相関するのは、ごく当たり前のことです。

 もちろん、それは大麻の効果によって引き起こされた現象ではなく、あるドラッグに対する制裁(社会的・法的)や、市場の流通によって規定される、社会的なゲートウェイ効果です。そして、言うまでもなく、そのようなゲートウェイ効果は、1)大麻がハードドラッグと区別なく考えられており、2)したがって、両者に強いサンクションが加えられるために、アンダーグラウンドでの結びつきが強まる、3)あるいは、使用者が区別なく用いることで(例えば「悪ぶってみたい不良」が区別なく用いる)、より強化される、と考えられます。

 つまり、厳罰化や、使用者への罰則強化は、大麻と覚せい剤の結びつきをより強固なものとし、社会的なゲートウェイを助長することで、社会不安をもたらすものです。

 長くなりましたが、「大麻汚染」という言説は、メディアや、マジョリティの価値観がもたらしたものに過ぎません。それは、「モラル・パニック」現象といっていい状態にあり、これによって、法制が強化されたり、大麻使用者への摘発が強化されたりすれば、より「社会的なゲートウェイ」効果は強まり、覚せい剤などのハードドラッグ使用が増える恐れがあります。言うまでもなく、暴力団の資金源としても、より機能してしまいます。

 また、逮捕者に対する不必要な制裁の強化は、逮捕者の再犯や、二次犯罪の増加をもたらしますし、何より重要なことは、学術的には不必要な(非合理な)制裁によって罰せられる事犯者が、かつてのソドミー法や、ハンセン病者隔離政策で、人権を蹂躙された人々と同じ状況におかれてしまうということです。

 したがって、必要なのは、罰則の強化ではなく、情報の流通と、多様な情報に基づいた行われる開かれた議論です。本来その役目を担うのは、ジャーナリズムですが、日本のマスコミはジャーナリズム精神をとっくに(1955年くらいから)放棄しているので、期待できません。とはいえ、一部の心あるジャーナリストは、分かっているはずです。

 分かっていながら、放置、黙認することは、イジメの間接的な加害者と同じ立ち位置にあることを認めるべきです。それは不作為という殻に安住した、作為的な暴力です。

 偽装されたエビデンスを用いるものは、実際、それがもたらす暴力性についても偽装しています。「不作為」や「社内・省内の立場」という殻で自分を守りつつ、その足では逮捕者を踏みつけている。それは暴力です。

 というわけで、抗議文(30日のサロンに草案をもっていく予定)を送ります。

カンナビスト@関西サロン:11月30日、19:00~ 梅田(中崎町)天人にてhttp://www.bvoh.jp/cannabist/?p=156 

リンク追加しました(→のタグ):morleyさんの有名blogと、大麻取締法変革センターです。どちらもお奨め。

 

*追記:i-morleyさんのHPで、当blogの情報を援用してもらいました。thx。こういう情報はどんどん広めていく必要があると思います。

http://i-morley.com/blog/2008/11/who1997.html

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火曜日, 11 月 25th, 2008 | Author: Nao

 11月22日の朝日新聞社説に対する、緊急抗議活動が実施されています。(社説本文などは下記リンクから見れます)
 http://www.cannabist.org/database/ourstatement/20081122protest.html

 緊急・・・思いっきり出張中で遅れてやってきました(´ヘ`;)

 ちょっと抗議文は、時間的な問題があってすぐに書けなさそうですが、30日のサロンには間に合わせたいと思います。(その後、カンナビスト@関西として送るかも)

 まずは、問題の整理をします。

 皆さん、大麻好きの皆さん

 大麻好きかどうかはともかく、大麻取締法はおかしいと思っている皆さん(含む私)

 あるいは、この問題に関心を持つ全ての人へ

 正直、このままだと本気で、法改正されるかもしれません。

 種の所持が違法化される可能性が、かなりあります。

 そして、尿検査などで、限りなくクロに近いグレーだと判断されると、推定有罪になる可能性があります。要するに、使用罪が導入される可能性が、そこそこ、現実的な確率としてあります。最悪の場合、職場での尿検査(ドラッグテスト)が、半ば義務化される可能性すらあります。

(もちろん、単に尿検査でクロと出ただけでは、逮捕までは至らないと思います。おそらく覚せい剤のテストと同じく、検査でクロ⇒尋問or家宅捜索、他者の供述、などがあって、逮捕になりますが、しかし、疑惑を向けられるということは、日常生活に大きな影響を与えます)

 というか、既に実効的な意味、つまり、会社や学校を、自主的に辞めざるを得なくなる、という意味では、もう使用罪は部分的にあります。自主的というところがミソで、建前(オフィシャルなルール)を表面的には優先させつつ、実際には身内ルールを適用させる、そして自ら望んで退社/退学するという、典型的な二重ルールの運用は、始まっています。

 ただし、このルールの適用は非常に恣意的なので、主に有名人などに対して適用されるということになっています。この恣意的な対象の選定も、身内ルールに含まれています。(無論、社長の気まぐれによって、有名人でなくとも、自主退社はありえます)

 さて、あまり、「危機」を煽って他者に働きかけるという形式は、好きではないのですが(それは、「大麻汚染」を煽って、法改正をしようと動くマスメディアや警察と同じ行動パターンですから)。

 しかし、ここは小さな運動の小さなblogだという点で、「大麻汚染」と同じ土俵のポピュリズムには成り得ませんし、放っておいたら本気で、法改正⇒逮捕者増加ということに成りかねません。したがって、決断論的に行動を促します。

 とりあえず、抗議文をメディア各社に送って下さい。メールでも郵送でもOKです。

 また、blogや各種掲示板で、呼びかけなどを行って下さい。

 今回の緊急抗議運動は、朝日新聞の社説に対するものですが、他社も全く同様の論調です。というか、他社のほうがより大麻問題に対しては、厳しい姿勢をとっている場合が多いです。朝日新聞社は、これまで比較的(あくまで比較的)、大麻問題や、その他の犯罪に対しての重罰化にはリベラルな姿勢をとってきました。例えば、週間朝日に掲載された記事では、大麻非犯罪化の流れや、アルコールなどとの害の比較を行っています。ちなみに、その間、読売・毎日・産経などの新聞社は全て、「大麻汚染」を問題視する論調を形成してきました。例えば↓

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081116-00000508-san-soci

 ところが、これが22日の社説では、反転しています。週間朝日と、朝日新聞社説は、勿論違う記者が書いたものですし、編集方針も違うと思いますが、内部事情までは分かりません。

 さて、法改正にはいくつかのパターンがありますが。(選挙対策のための与党主導改正、省庁のパワーゲームにおける官僚主導改正、特に米国との関係における対外的な改正などなど)

 その一つのパターンとして、メディアが「危機」を煽り、それに関係省庁or与党が批判対策を行う。というものがあります。

 例えば、ここ数年間、各地の地方自治体で相次いで設立された「生活安全条例」は、メディアによる警察批判(桶川ストーカー事件などの対応をめぐったもの)をベースにしたものです。

 非常に簡略化して説明すると、桶川ストーカー事件は、警察が被害者に再三相談を受けていたのにも関わらず、有効な対策をとらなかったため殺人にまで発展してしまったケースです。

 これを受けて、メディア各社は警察批判を展開、それ自体はある程度正当なものだったのですが、警察の対応は非常に形式的なものでした。すなわち、相談窓口を設置して、「相談」を受けているよ~ということをアピールしただけです。

 しかし、その結果として、犯罪の「認知件数」は飛躍的に増加します。当たり前ですね。具体的には、事件が起こった1999年度の認知件数が3万件余りであったのが、5年後の2004年には6万件になります。増加率200%です。(⇒警察白書などでも件数の推移が見れます)

 もちろん、5年で日本に住んでいる人が2倍凶暴化したわけではありませんw

 すると、当然ながら犯罪の「検挙割合」も下がります(80%から60%に下落)。なぜなら、あそこに「不審者」っぽい人がいた!という「相談」も「認知件数」に含まれるからです

 結果的に、2003年以降、犯罪の「認知件数」が増加しているのに「検挙割合」は低下しているようにみえる!これは日本の治安が「危険水位」に達したことを表しているのだ!モラルの低下だ!若者の凶悪化だ!外国人が暴れまわっている!!

 ということになってしまいました。もちろん、犯罪の「増加」と「凶悪化」を煽ったのがメディアであったのは言うまでもありませんが、それに警察と小泉―安倍政権も乗っかって、国を挙げての「治安対策」が始まります。

 ちなみに、犯罪の「被害件数」つまり、犯罪の実数をもっとも表している数値は、年々下がっています。(この辺りの詳細な数字は河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス』浜井浩一氏の論文各種などにあります)

 なぜ、これに政治家と官僚/警察が乗っかったのか、ということは、ある程度自明のことに思えますが、結構複雑な話なので、また機会があれば書きます。そして、2003年以降に「生活安全条例」(若年者の夜間外出禁止令、繁華街の「治安対策」などなど)が次々に成立していきます。

 結論をいえば、メディアが警察批判を行ったことで、警察は一時的に面子を守るための対応を迫られました。そして、メディアはこうした「認知件数」と「検挙率」のレトリックをつかって、偽装された犯罪危機を煽っていたのですが(桶川ストーカー事件はドラマ化までされましたし)、今日でも、実数としての犯罪発生率が下がっていたことは全く報道していません。(犯罪学者、社会学者は論文・図書などでちゃんと反論しているのだけれど、それも報道されません)

 一人の犯罪社会学者として、犯罪が「凶悪化」、ないし増加していたという言説に対しては、再度これを否定しておきます。犯罪には様々な要因があって、単純化して論じることはできません。したがって、「モラルの低下」や「外国人の犯罪発生率」が増加しているということも言えません。それらは都市伝説の類であり、「納豆ダイエット」と同じベクトルに存在しています。

 ノーム・チョムスキーの言葉ですが「メディアは本当に重要なことは決して報道しない。メディアはただ、過剰な利益を追い求めるだけだ」ということを、少なくとも犯罪問題に関しては、普通にやっています。決して全ての報道が、そうであるわけではないですが、いわゆる過熱報道・集中的な論点とされている問題に関しては、日本のメディアは戦中期、あるいは全体主義国家と、あまり大差のない報道をやっているように見えます。

 なぜなら、日本では「犯罪者」いえ、「容疑者」に対しては、どんな感情的な非難やバッシングを浴びせかけてもOK、という「内輪ルール」があることになっているからです。「おらが村では全ての村民が平等だ。あ、村八分された奴は村民じゃないけど」ということです。だから、現在でも取り調べ室に弁護士が同席することはありませんし、それが問題視されることもありません(欧米では、考えられない事態です)。

 日本における取調べ過程の前近代的問題は、日本弁護士連合会がまとめています。http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/investigation.html

 さて、大麻問題に関してですが、ある程度の法規制強化は、既に規定路線になっているようにも見えます。米国ではMPPによって、大麻非犯罪化が実際行われたり、医療大麻OKになっているのにも関わらず、です。http://news.livedoor.com/article/detail/3899638/

 とりあえず、メディアのレトリックのどこがどう間違っているのかについて、何度もこれまで言ってきたことを、再度まとめる必要がありそうです。先入観による決め付けや、データや出典の明確でない断定形の情報(それを普通はプロパガンダといいますが)に対しては、きちんとしたエビデンスに基づいた反論が必要ですから。⇒近いうちに抗議文&反論をUP予定。

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