水曜日, 3 月 04th, 2009 | Author: Nao

 Naoです、おおぞらさんの「社会運動はどこに消えたのか」を受けて、この小論を書きます。本稿は大麻非犯罪化運動とは間接的な関係があるかもしれませんが、そう見えてあまりなかったりします。また、若干小難しいと受け取られるかもしれませんが、分かりやすさを諦めてでも、内容のあることを書ければいいなというところです。

 

 学生運動・社会(市民)運動が、日本において下火になったのは、70年代半ばからであるといって、まず異論はないだろう。ここで「下火」というのは、絶対的な数の面においても、政策的な面においても、「運動」の影響力が低調になった、ということを意味する。かつて、安保反対運動が国会を取り囲んだような、あるいは68年における大学闘争のような、運動による「社会的なもの」と「国家」関係の変革は、それが企図されることさえ、今日では考えられない。

 つまり、運動が対象とする領野は著しく後退し、無残にその「陣地」から敗走を続けているか、あるいは運動そのものが「国家」的なものに接合され、行政-「市民」運動の構造的なカップリングが恒常化しているかのようにみえる。この困難は何によるものだったか。

 まず、単純に観察されうる出来事としては、学生運動が無限に内部へ向かう理論的些事の「闘争」に向かっていった結果起きた、セクト同士の神経質な内部抗争であり、そのもっとも先鋭的な形としての「浅間山荘」事件があった。この運動のカルト化は、結局のところ、かつて大杉栄がボリシェヴィキを評していったような、「運動よりも組織」を先に置いたことの結果であったともいえるし、一面ではきわめて権威主義的な、あるセクトの性格によるものであったともいえるが、ここではその内容評価は横におく。確認しておきたいのは、世間的に「学生運動」や「社会運動」なるものが、にわかに「健全」らしからぬもののように受け取られ-そして「浅間山荘」は少なくとも全く弁護の余地などなかったということ、念のためにいっておくが、私は当時の官僚的な共産主義に同調するところはなく、むしろそれに反発する1)。だがそれと同時に、60年代の警察当局が「鎮圧」のためにベトナム戦争で用いられていた毒ガスを薄めたものを「催涙弾」と称して学生に用い、身体的障害を刻み込んだことも付記しておく-、そのためにますます残った運動の諸勢力は後退と内部抗争に向かっていかざるを得なかったということである。

 それと同時に、池田勇人首相以降の「所得倍増計画」と国民総中流意識の形成が、国家と対立するところの社会、という古典的概念をソフトな方法で突き崩していった、ということがある。つまり、ここでは国家と市場、そして社会の距離は極めて近くなり、それぞれが見分けがたいほど相互の補完関係が生まれる。

 先に確認しておくが、本来、社会と国家、個人は別々のものであり、ここで「社会」と呼ぶものは私たちが日々生活する舞台であると同時に、市民の代表を選出する場でもあり、経済活動を行う場でもある。これに対して、国家はそもそも、ホッブズの場合であれば社会の場における「万人の万人に対する闘争」を調停する「主権」の存在する場であり、したがってこれは立法を行う。また、ルソーの場合であれば、これは文明化された「社会」における不平等を是正する場として、すなわち「自由にして生まれた人間」が至るところで繋がれた「鎖」に抵抗するための、やはり万人一致の原則によって形成される「一般意思」の在る場所である。ルソーとホッブズはしばしば対置されて語られるし、それはまた問題の立て方の差異としては正当でもあるけれども、しかしその最終的な解法は、それほど遠い場所にあるわけではない。

 国家と社会の関係を確認するために、まずとても原初的な、ある種幼稚な発想から出発しよう。すなわち、われわれが仮に「自由放任」の「社会」における自然状態に生きていると仮定する(これは新自由主義者がいうところの「自由競争」では明らかにない」)。そこには力の強さや、あるいは偶然によって、社会内における不平等が、それも直接生存の問題にかかわってくるような重大な不平等が生じる。これを是正するために、われわれは万人一致の原則によって、もし看過できない水準の不平等が生じた差異に、それを積極的に是正するための「主権」を設定する。これは法であり、議会であり、ホッブズが「リヴァイアサン」と呼んだものである。ここにおいて、一体何が「看過できない水準の不平等」であるのかが議論されるのであるが、ともかく、以上の「自然状態」という前提を挿入した「主権」の存立が、近代国家哲学の出発点であった。したがって、日本においてはもう忘れ去られてしまったことであるが、と、市野川容孝が言うように、「社会的なもの」という語義には、元来、そしてフランスなどでは今でも、「福祉的なもの」という意味が込められている。

 この前提の上にたって、実のところ今日の福祉論も行政論も、社会哲学も立てられている。だから、ウェッブ夫妻による、福祉国家論の礎を築いた著作も、ロールズによる正義論も、国家と社会は対置され、社会的なものの内部における諸問題を何らかの手法で解決するための便宜的機関として国家はおかれる。この前提を棄却して、すなわち、国家のみを「主権者」としたり、社会と国家とを混同するものや、あるいはこの前提条件に言及することなく、ナイーヴに社会を国家に従属するものとして措定するような「社会論=2ちゃんねる的言説や本屋で平積みされているエセ国家/社会論の多く」は端的にいって、ナンセンスであり、正面から論ずる価値はない。(無論、カール・シュミットの法学など例外もある。だが、ここで重要なことはシュミットの法哲学は非常に鋭利な部分を含んでいるとはいえ、事実として彼はナチ党の御用学者であったのであり、その歴史的経緯を忘却して、シュミットの論理のみを取り出すことはできない。)

 そうしたエセ国家/社会論ではなく、真っ当な-それが保守的であれ、リベラルであれ-理論、むしろ、戦後においてはハイエクや、あるいはフリードマンといったいわゆる「右派的」経済学者のほうが、それを自覚しているといえる。だが、この論点は次におこう。蛇足ながら、ここで「右派的」と呼ぶのは、いわゆる日本におけるウヨク/サヨクのイメージとは全く違う。

 本来的な意味で、「右派」とは国家の社会に対する干渉を最小限に抑え、「市場原理」による「神のみえざる手」に期待することで、社会内における不平等は、ギリギリまで看過する=それは自己責任において処理される、という古典的レッセフェールの信奉者のことを指す。これに対して、「左派」とはいわゆる「福祉国家」や「社会主義」のように、社会内における不平等は、平等な競争の結果生まれたものであれば一代に限って看過するが、そうではなく、各人のスタート地点が異なっていたり、結果が二代にわたって持ち越されることに対して、国家は積極的な緩和政策を採るべきだ、あるいは、経済的再分配を真っ先に受けるべきは富者ではなく、もっとも貧しいものからだ、という国家-社会観をもつもののことを指す。だから、ハイエクはその「統制経済」への懸念から、すなわち戦中ドイツの政策への反発から、反ウヨク的右派であったし、アマルティア・センは明らかに左派だ。この先に、何が「結果」であり、何が「スタート」なのか、どの程度が「不平等」なのかという議論が続く。だがそれはひとまず置こう。問題は、日本においてはそもそも、人文社会系の衰退と、反知性主義的なメディア・ベストセラー書物の氾濫によって、こうした常識的区別すらほとんど忘却されつつあり、右派左派というとウヨク・サヨクのことだと勘違いされているということである。

 さて、この国家-社会概念を前提とした場合、「運動」はどこに位置するのかということであるが、いうまでもなく社会運動は社会の内部にあり、国家に抗するものである、あるいは、あった、というべきかもしれない。なぜなら、50年代~70年代までの国家・市場・社会の関係と、今日のそれを比較する際、そこには微妙なズレが存在するのであって、そしてそのズレこそが今日問われなければならないことだからだ。

 日本では、80年代末までは(少なくともマジョリティ-「奥様は魔女」的な核家族にとっては)、市場と国家、そして社会は緊密に結びつき、それぞれが相補的な関係をなしていた。例えば日本においてGDPに占める「社会保障費」が極めて低いこと(フランスやドイツの半分程度)は良く知られているが、これは別段、「構造改革」の成果であるわけではない。これはそもそも、日本における社会保障-福祉部門が、半分は国家に、半分は企業にゆだねられていたことの表れなのであり、すなわち企業年金や、企業内における組合において、社会保障の大部分が担われていた、そしてそれを国家が後ろで支えてきたということの残滓にすぎない。

 この国家・企業(市場)・社会の相互補完的関係は、I・イリイチが指摘したような女性の家庭内における無賃の「シャドウ・ワーク」や、市場の調整弁として常態化された「日雇い労働者」、あるは60年代まで温存された麻生鉱山における「タコ部屋労働」など、見えざる場での抑圧によって可能ならしめられていたのであったが、少なくとも、可視的領域での、すなわち「一億総中流」における核家族の目からすれば、「社会的なもの」における不平等は世界的にみても小さいものであった。

 事態が転換するのは、周知の通り90年代以降であった。これは「構造改革」の問題ではない。そうではなく、市場変動に対して、従来の国家・企業・社会の補完構造を、国家の側も、社会の側もほとんど疑問に付さず、これを温存してきた結果生じた問題なのであって、「派遣労働者」の問題は、表面的には法律の問題であったかもしれないが、より根本的には従来の社会保障構造を温存した結果であったのだ。小泉-安倍の「構造改革」はその表面的な一例に過ぎない。

 すなわち、社会内における正規労働者のパイが収縮した90年代より、恒常的なフリーター・非正規雇用労働問題が現出したが、これは当然のことであって、そもそも輸出に頼った高度成長と、それに付随する南北問題、あるいは「世界システム」の問題は、社会内における不平等を不可視的領域として、特に国外に対して輸出していたのであり、90年代の転換によって生じたことは、不平等の新たな産出に還元することのできるトピックというよりは、不平等の可視化であったのだ。すなわち、国外や不可視領域に排出されていた「貧困」問題は、国内正規労働部門の収縮によって、可視的な「社会」内においても散見されることになる。その部門は、かつての「南の国々」や「ホームレス」ではなく、若年者/ロストジェネレーションであった。すなわち今日では、国境によって「第三世界」が規定されるのみならず、国内においてもその境界が引かれている。そして、米国では早くから(レーガン以降から)、その境界線の「外側」に対処する方法として、従来の「福祉的対応」ではなく、ロイック・ヴァカンが指摘するような「刑務所産業」によって対処してきた。米国では日本とはまた異なる意味で、監獄が「社会的なもの」の残余を引き受けている。

 日本においても、監獄が社会的なものの最後の「砦」となりつつあることは指摘できる。すなわち、現在有罪判決を受け(つまり、多数が再犯者である)、刑務所に収容されている人員のおよそ25%が「知的障害者」か、そのボーダーラインに位置する人々であり、残りは高齢者と「身体・精神障害者」、あるいはドラッグユーザー、さらに一部が「ヤクザ」であり、突発的=ワイドショー的な「凶悪犯罪者」は指折り数えて歩けるほどである。

 さて、ここにあって、われわれは「国家」の無策を嘆くべきなのだろうか。おそらく、そうだといっていい。だが、重要なことは、単にこれは「国家」の無策であったばかりでなく、「国家」が「市場」に従属するものとして、事実上規定されてきたことに起因するものであったともいえる。つまり、古典的市場リベラリストの命題は、ここでは反転しているのだ。かつて、国家は「自由な市場」の活動領域を定め、その内部における「自由な取引」に不介入の原則を定めた。これは古典的リベラリズム(ここでのリベラリズムは経済的な意味に限定する)であり、そしてその結果生じる「度し難い不平等」に対して、国家は社会に介入してきた。つまりここでは、市場は明らかに国家によって形成されたものであり、それだからこそ、市場による不平等の産出に国家は介入することができたのだ。

 ところが、戦後のネオ・リベラリズム、すなわち、ハイエク、フリードマン、ミューラー・アルマックらによる市場からの「社会」構想と、これに基づくレーガン・サッチャリズム、日本では遅れてやってきた小泉は、厳然と古典的リベラリズムからは区別される。これは、「自由な取引」への不介入原則ではなく、「自由競争」のための環境整備であり、そのための「民営化」と、恣意的に用いられる「不平等」の積極的産出である。ゲームのプレイヤーは「放任」されるのではなく、絶えず介入され、デリバティブ商品と、不均等な「資金=税金投入」と、「民営化」の一方でなされる「民営化企業」あるいはPFIへの「優遇措置」がなされる。ここでは「不平等」に対して介入がなされるのではない。「不平等」を恒常化することによって、「自由競争」の環境が整備されるということ、すなわち、市場の領域を拡大し、国家と市場の境界を曖昧にすることが、ここでなされてきたことである。この「自由競争」の人工的な配備と、「自己責任」原理による不平等の正当化がセットであったことは、今更言うまでもない。

 そして、「構造改革」と「民営化」は俗にいわれるような既得権益の打破などでは決してない。これは国家領域と市場領域の接合と、恣意的に運用される「格差」の創出、そしてランダムであるかのように見える「資金投入」と「優遇措置」による、強制的な「経済流通」の「活性化」である。そして、そのかなり無理ある「構造改革」は、「既得権益の打破」という演出によって広範な支持を集めることに成功した。本当に「既得権益」が打破されたというなら、一体何故、そのパイに預かれるはずの社会がこれほど疲弊したというのか。これは古典的リベラリズムにおける「不介入」と「自由取引」のカップリングとは全く違う。「介入」による「自由競争」の徹底化である。

 そして、80年代以降、社会的なものの内部に存在したかのようにみえた<運動>は90年代以降、特に日本においてはNPO・NGOが云々されはじめたころから、運動的領域は、徹底して市場的領域に接合されつくされてしまったようにもみえる。近年では、多くの環境的スローガンが、当初の水俣訴訟や、あるいは行政による「列島改造計画」と「住区改革」によるブルドーザーへ抵抗したのとは全く異なり、「ロハス」生活や「宇宙船地球号」といった、「コスモポリタン」で市場的なライフスタイルの文言に取って代わられることで、牙を抜かれてきたように。なるほど「コスモポリタン」とは確かにそうだろう。その文言の出所が、カントの『永遠平和のために』における「歓待」の原理であることすら忘れた市場主義的環境運動は、その言葉をネオリベラリズム原理の中で用いているのだから、確かに「グローバル」である。ドゥボールが言ったように、今日の「スペクタクルは全域化」してしまったのだろうか。

 運動とは、かつてはそもそも国家による社会への不当介入、あるいは非介入に対する直接民主主義的な声であった。だからそれが、当局による「見解」と一致することは原理的に決してない。そもそもその齟齬こそが、運動の存在意義であったはずであり、当局によって「推奨」され、行政的見解に何ら反対することのない「運動」は、単に新しく発売された行政出版物のスローガンと何ら変わることはない。だから、昨年ギリシアで起こった若年者による「暴動/運動」は、端的に当局と対立し、その上で政権に甚大な影響を与えた。

 結局のところ、今日の状況下で「運動」が何をなすべきか、いや、何をなすことができるのかを考える際、その答えは手元にはない。おそらく、その答えは誰も持ってはいない。特に日本で顕著なように、大多数の「運動」が国家-市場的な結びつきに回収され、商品化されたライフスタイルの創出を補完し、エコでロハスな生活などを称揚している現在、ほんの僅かな運動だけが、国家と社会、そして市場の関係を見つめ続けているに過ぎない。そしてそれも、いわゆる「マルチチュード」を目指すような運動も、結局のところ「世界システム」を転換させるのではなく、それを補完してしまっているのだとすれば(シャンタル・ムフによって提起されたこの問題に関する評価はここでは置く)、運動の賭金は一体どこにおかれるべきなのか。少なくとも確かなのは、それは国家に抗するだけではなく、国家と市場の恣意的な結びつきを念頭においたものでなければならない、ということである。これを忘れた運動は、ほぼ例外なく、といっていいだろう。現在、国家-市場的なもののハイフンを結びつける蝶番であるにすぎない。

 すなわち、国家・市場の曖昧な結びつき、あるいは市場を上位のコードとする国家システムのあり方=古典的リベラリズムの反転構造に対し、その結びつきがあくまで「偶然的」なもの、可能なる構造のたった一つのものであるということを考えるような運動。これである。だがどのようにして、その潜勢体をかつての「学生運動」のような実現可能性の遡上に載せうるのだろうか。

 ここで一旦中断する。

1) 無論、当時の新左翼運動をひとまとめに論ずることなど全くできないし、セクトや各オピニオン・リーダーに対して思想信条として共感できる部分もあれば、できない部分もある、としか言いようがない。

Category: コラム
You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. You can leave a response, or trackback from your own site.

4 Responses

  1. 1
    おおぞら 
    金曜日, 6. 3 月 2009

     小論ありがとうございます。とても興味深く読ませて頂きました。そして、とても参考になりました。
     本来、社会と国家、個人は別々のものであり~の部分は、本当に共感というか、大学の頃は、ちゃんと本を読んで文献からの引用をしてたのですが・・・最近はできなくなってるな・・・っと実感しちゃいます。
     私なんかは、ロスジェネとか言われてる世代の直撃層なので、やっぱり90年代半ばからインターネットが普及し始めて、そのときに社会運動・市民運動の新しい波が来たような雰囲気を学生時代に肌で感じていました。カンナビストも私は最初インターネットで知りましたので、そういう新しい市民運動の流れの一つだと当時は思ってました。
     グローバリゼーション/ローカリゼーション化のなかでの新しい社会社会運動・市民運動のかたち・・・それはまだ模索中なのかもしれませんが、シュンペーターが『資本主義・社会主義・民主主義』でいっているような社会的イノベーションが、どうも生み出されてない・・・っていうか他力本願なのがいけないのかもしれませんw
     カンナビストが試行錯誤を繰り返しながら、新しい社会運動・市民運動のモデルケースの一つとなるように・・・。

  2. 半分ぐらいしか分かりませんでしたが、世の中に対する理解、新しい見方を得ることができた気がします。稀に見る知的な社会論ですね。こういうのが新聞に載っていればなあ・・。
    僕が個人的に目から鱗だったのは、ネオリベの本質が規制緩和ではなく、積極的な自由競争・格差誘導策だということ。まさにそうです。一時、医療保険を民営化し病院を株式会社にしようという話がありました。まさにネオリベ旋風だったのだと思います。幸いその話は立ち消えましたが。
    あとは、格差については、格差が生じたのではなく見えるようになったのだというところ。まさにそうですね。貧しさは国境の向こうにあっただけ。グローバリゼーションの結果、格差が国境を越えて可視化したと。

    社会や国家に関心を持たず、ただ自分の周囲の居心地を良くしていくという人が多くなっていくような気がします。何だか冷めちゃっていて、社会運動や市民運動には向かわないという。どうでしょうか?

  3. >おおぞらさん
    おそくなってすいません、仕事詰まりまくり&間の悪いことにPCの調子が悪くなって換装してましたw

    ここで書いたのは、非常に大雑把な観点のものですし、結局問題の立て方としては、運動はどこに向うべきか、ではなく、どの権力の力学に、どのようにして運動は関わるべきか、という立て方のほうがより正確であったように思います。

    そういえば、最近やっと『水源』の解説書を読んで、原書も手に入れました。『肩をすくめるアトラス』のほうが面白いらしいと聞いて、目移りしていますが。
    『水源』がリバタリアン思想だけではなく、運動論としても面白い含蓄に飛んだ本であろうと思います、それと同時に、「障害学」やフェミニズム思想からの批判も多々あるわけで、そのあたりの討議から、国家と社会的なもの、そしてそれらへの介入と運動の位置というトピックへの解答例が出てきそうですね。

    またこのあたりの抽象的な議論や、それとはある程度別の、カンナビストがどのような論理・方針で事に当たるべきか、という実戦的な相談をしたいものです

  4. >フロッガーさん
    ありがとうございます、とても理解あるレスをいただけると、やりがいがでてきます。

    病院民営化の話はもれきくのですが、内情はほとんどブラックボックスですよね。日本における規制緩和政策の問題点は、「自由競争」のための仕組みそのものが、密室で決められてきたという点にあると思います。

    若年者の意識に関して云えば、三菱総研の若年者調査では、「こつこつがんばるだけでは報われない」「金持ちと貧乏な人が分かれている」ことが現代社会の特徴であると答える率が高かったのですが、同時に、「要領よくやった人が上にいける社会」であるとの回答も多い。また、「運命を信じる」とする率が高いのも、いわゆるZ世代の特徴だと言われます。

    表面的には、旧来的な勉学・勤勉の努力ではなく、コミュニケーション能力や、外見など偶然の要素に左右され、若者自身も何が「成功」するための要因なのかがわからない、ということだと思います。
    一方で社会の構造的な問題を感じている反面、その問題の帰責先が明確でなく、あてどなさを感じている、ということはいえそうですね。

    また、ぜひ病院民営化の話や、医療保険制度についての話を聞かせてください。

Leave a Reply