今回は僕の好きな吉田松陰について軽く書きたいと思います。
なぜ、いきなり吉田松陰?と思われるかもしれませんが、大麻非犯罪化の運動をする中でこれはある種の維新であると僕は思うからです。 そこで、日本で最近起こった明治維新からなにか学べるものがあるのではと思い、『世に棲む日々』を読んだのがファンになったきっかけでした。
時は、日本が鎖国していたに嘉永6年にさかのぼります。約160年前なのですが、当時の日本は鎖国していたため外国との国交を一部を除き完全にシャットアウトしてました。 もちろん一般人が海外に行くなんてご法度でばれたら打ち首レベルです。
そんな折に、浦賀沖にペリーが黒船を率いて日本に開国を迫りに来たのです。
江戸に留学していた松蔭は、噂を聞き浦賀まで駆けました。
そして、遠雷のごとく空砲を威嚇射撃する黒船を見た松蔭は武者ぶるいしたそうです。
書物の上で知っていた西洋の巨大な文明に、松蔭の持っている小さな文明があの砲声と共に打ち砕かれたように思いでした。
その後、ペリーは1年の猶予を残してアメリカへ帰って行きました。
この1年の間に松蔭はある決断をしていました。それは海外に留学することです。
広い世界を自身の目で視、知見を広げたいと、そのためには古い蘭語の書物しかない日本で学ぶのでは針の穴から天井を見上げるようなもので実際に海外で学びたいと。
そして、再び黒船が浦賀沖にやって来たと情報を得た松蔭は弟子の金子重之助と共に闇夜に紛れ盗品小舟で黒船に乗り込みました。
しかし、この時日本とやっとの思いで日米和親条約を結んだペルーは日本との関係がこじれるのを恐れアメリカへこの2人を連れて行くのを拒否しました。 そして、短艇で浜まで送られた吉田松陰らは自ら奉公所に自首したのでした。
その6年後、松蔭は安政の大獄により斬首されます。
しかし逮捕から斬首される3年間の間に故郷、長州で私塾松下村塾を開き、桂小五郎、高杉晋作を初め久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、前田一誠等の維新の立役者となる人物を育てたのでした。
その話はまた次回にしたいと思います。
